令和時代でも「そろばん」が人気な理由
電卓やスマホで簡単に計算ができてしまう現代においても、習い事として根強い人気がある「そろばん」。この記事を読んでいる方の中にもそろばんを習ったことがあるという方も少なくないのではないでしょうか。
今回はそろばんの魅力について、大正13年から半田市を中心にそろばん教室を営んできた塾レッツ(創業当時は「半田速算」)の平林明美先生に話を伺います。
それではよろしくお願いいたします。塾レッツさんは大正13年、およそ100年前からそろばん教室を続けられているとのことで、その歴史にも大変興味がありますが、本日は習い事としてのそろばんの魅力について色々とお話を伺えればと思います。よろしくお願いいたします。 早速ですが、そろばんというと、計算力を身につけられるというイメージが強いですが、やはり保護者の方も計算力の向上を目的にそろばんに通わせることが多いのでしょうか。
そうですね、算数を嫌いになって欲しくない、という目的が一番多いように感じます。そろばんを通じて数字に慣れたり、少しでも速く正確に計算をできるようになったりすることを期待される保護者の方が多いです。
算数が苦手な子は、数字がたくさん並んでいるだけで難しいと感じてしまいます。また、計算が苦手だと、算数の宿題に時間かかってしまうため算数が嫌だなとか苦手だなと思いやすくなってしまいます。
そういった悩みを解決したい!というのが、そろばんに通わせる目的で一番多いと思います。
実際子どもをそろばんに通わせている親御さんの反応はどんな感じですか?
期待通りと言ってもらえることがほとんどです。特に低学年の算数は計算が中心ですので、学校の算数はそろばんをやっていれば全く問題ないという声も、私の教室でも聞きますし、ほかの教室の先生方もよく聞くようです。
高学年になると複雑な計算が増えてきますので、更に計算力の恩恵は受けやすくなります。例えば、「378分の36」といった分数を約分するときに、通常は「2」で約分して、次に「3」で約分し…と何回か約分を繰り返しますが、計算力がある生徒は一発で「378」と「36」の最大公約数である「18」で約分しすぐに「21分の2」という答えを導きます。
このように低学年でも高学年でも計算力向上の効果は実感できます。ただし、高学年では計算力だけでは解けない問題も増えてきますので、例えば文章題を解くためには国語力なども一緒に強化していく必要があります。
本人たちの反応はどうですか?
やはり、算数に自信やプライドを持ってくれる生徒は多いですね。算数が得意だと思うことで、計算以外の部分でも算数を頑張ってくれます。結果として算数が得意科目になる生徒が多いように思います。
また、意外かもしれませんが「そろばんをやっていて良かった!」と子ども自身が思うのはそろばんを卒業して、中学生になってからが多いようです。
どういうことかと言うと、小学生まではテストの難易度が低いため、計算力がテストの点数を左右するということがあまり無いんですね。例えば、40分のテストであれば、40分かけて100点をとっても、20分で100点をとっても同じ100点です。
しかし、40分かかってしまう子は、中学校に上がるとテスト時間が足りなくなります。周りにそういう子が増えてくるのを見て、そろばんをやっていた生徒は「そろばんをやっていて良かった!」と実感するようです。
卒業生に就職試験で役立ったと言われたこともあります。その子が受けた就職試験の面接では、3桁×3桁の答えを選択肢から選んで答えるというものがあったそうです。その子はそろばんをやっていたおかげで、式を見た瞬間におおよその答えを概算した上で選択肢を絞り、あとは下一桁を計算して、数秒で答えを当てられたそうです。彼女は3桁×3桁を一瞬で求める暗算力はありませんでしたが、数を「量」として捉えることで答えを概算する、例えば、243×407を250×400とみて、およそ100,000とみることで答えを導きました。
そろばんを卒業してからの方が効果を実感しやすいというのは意外でした。計算や算数の力以外でもそろばんを習うメリットは何かありますか?
ひとつは、自ら学ぶ力が身につくということです。そろばんは先生が教える部分もありますが、基本的には自分で進めていきます。練習をし、間違いを直し、また練習をする。これを繰り返していく中で、どうやったらより効率的に学ぶことができるか、いわば学ぶための段取り力が身についていきます。
また、最近よく耳にするワーキングメモリー、つまり作業記憶の向上も望めます。暗算では計算結果を頭で覚えておきながら、別の計算を行う必要があります。例えば、17×63といった計算であれば、まず10×63をまず行い、答えの630を覚えておきます。次に7×63を行い、441を出し、さきほどの630に足して1071を導きます。このように暗算では記憶と計算を同時に行うのでワーキングメモリーが鍛えられます。
生徒が3桁×3桁の暗算プリントを友だちと会話しながら、どんどん解いていく姿を見たことがあります。そのときは私も「いくつ頭があるの!?」と驚きました。
あとは、左脳と右脳がバランス良く育つのもそろばんの魅力だと思います。計算自体は左脳の仕事ですが、指先の運動や、暗算のときに頭の中にそろばんを思い浮かべることは右脳を刺激します。
ありがとうございます。少し質問の方向は変わりますが、「そろばんは九九ができるようになってから。」という言葉を聞いたことがありますが、やはり小学校3年生あたりがそろばんを通わせる年齢としては丁度良いのでしょうか。
たしかに小学校3年生あたりから始める子が多い印象ですが、目標やゴールによって何歳から通うべきかは変わります。
例えば、「珠算」に関しては、九九をマスターし、手根骨が完成して手先が器用になった小学3年生の方が、それより小さい学年の子よりも早く級が進みます。
しかし、「暗算」に関しては、年長さんくらいから始めた方が明らかに上位級での昇級が早いです。特に、足し算である見取り算のスピードが大きく違います。
ちなみに、小学校で学ぶ繰り上がり繰り下がりの考え方や筆算と、珠算式暗算の計算方法は異なりますので、可能であれば小学校に上がる前から珠算式暗算を進めておいた方が、本人の混乱が小さくなるというメリットもあります。
まとめると、「珠算重視」なら小3以降が効率的ですが、「暗算重視」であればできるだけ早く始めるのがおすすめです。
しかし、小学校5年生や6年生で通い始めるのが無駄かというと全くそんなことはありません。例えば、中学受験を控えているのに計算が足を引っ張ってるためそろばんで強化したい、というような生徒も沢山見てきました。
高学年から始めても効果を出すコツは、珠算は日商検定でいえば6級程度の取得を目指すにとどめ、6級合格後は暗算だけに絞って3級取得を目指すというように、できるだけ暗算に力を入れることです。
ちなみに昔は、そろばんは大人も多く学んでいました。何歳であっても、そろばんは効果があると思いますので、その点は安心していただければと思います。
目的やゴールというお話が出てきましたが、具体的に目指すべき級はありますか。
計算力を高めるという目的においては、暗算の級を目指すのが分かりやすいです。ここでは日商検定を例にとります。目安になりやすい級は、暗算6級、3級、2級ですので、それぞれについて簡単に紹介します。
まず、暗算6級を取得すれば小学校レベルの計算で困ることはありません。掛け算でいえば2桁×1桁30問を4分(1問8秒)でできるレベルです。
また、暗算3級を取得すれば愛知県公立高校入試で武器になります。大学受験や中学受験では武器にはならないものの足を引っ張らないかと思います。掛け算でいえば3桁×1桁30問を4分(1問8秒)でできるレベルです。
さらに、暗算2級まで取得していれば大学受験や私立中学受験で武器になります。掛け算でいえば2桁×2桁30問を4分(1問8秒)でできるレベルです。ここまでくると一生計算に困ることはありません。ちなみに暗算1級以降は、そろばんをやったことがない人から見ると信じられないくらいのレベルです。
そろばんを習うのであれば、まずは暗算3級の取得を目指すのがおすすめです。暗算3級であれば、先程お話したように高学年からでも狙うことができます。
暗算2級までとれると一生困らない計算力が手に入りますので、もし可能であればここを目標にできると良いと思います。
また、ここまで暗算を中心に話しましたが、本人のやる気もとても大切です。そういった意味では、暗算よりも珠算の方が楽しいという生徒も沢山いますので、そういう子は無理に暗算重視にするのではなく、珠算を伸び伸びやらせるのも良いです。伸び伸び楽しくやっていると、結果として計算力が上がっていきます。
暗算の各級のイメージがよく分かりました。もし、そろばんを習わせる上での注意点などがあれば教えて下さい。
特に注意したいのは、お友達と一緒に入った場合に親御さんが相手と比べてしまうことです。成長の特徴は一人ひとり全く異なります。どんどん先に進んでいく子もいれば、ゆっくり進んでいく子もいます。
他の子と比べてゆっくりだと心配になってしまいますが、コツコツ苦労しながら進んでいる子の方が一度身に付けたことを忘れづらいので、1年や2年といった長い目で見れば差は殆ど生まれません。例えば、双子でそろばんに通いはじめるといったケースもよくありますが、その場合も昇級のリズムは違っても時間が経ってくると大体は一緒くらいの級に落ち着きます。
自分の子の進みが遅いととても心配になる気持ちはとても分かりますが、本人はそれ以上に心配になっているものですので、そんなときには是非、スピードよりも正確さに注目して、「丁寧にやれててえらいね。」「いつもコツコツやれてるね!」とお声がけいただけると幸いです。
また、他に注意したいのはそろばんを習いさえすれば算数の成績が上がると過度な期待をしてしまうことです。計算力は算数の成績を上げるために非常に重要な要素ではありますが、学年が上がれば上がるほど、計算力以外の能力が求められます。例えば、文章題では国語力が必要ですし、図形問題では想像力や発想力が必要です。算数が苦手な場合は、計算力以外に原因がある場合も多いので、そろばんだけで算数の苦手を克服できるわけではありません。
逆に、そこさえ意識していれば、そろばんは算数の成績を上げる強い味方になると思います。
また別の観点の質問になりますが、大学受験改革や教育指導要領の改訂など教育のあり方の見直しが進んでいますが、その中でそろばんの担う役割というのは変わってきましたか?
そろばんというと少し古っぽい印象を受けますが、令和になってむしろその重要性は増したように思います。情報化社会と言われる現代では、文字通り情報が世の中に溢れています。だからこそ、情報を早く正しく処理する能力はとても大切になってきていると思います。そろばんは、その情報処理能力を伸ばす良い手段です。
教育指導要領の改訂について言えば、今回の改訂は戦後最大と言われています。内容が多く、難しくなっただけでなく、「知識・技能」以外に「思考力・判断力・表現力」「主体性」が求められるようになりました。そろばんは「知識・技能」の向上に役立つことはもちろん、さきほどお伝えしたように、学びに対する「主体性」も育みますし、また、早く正しく処理する力は、「思考力・判断力・表現力」を活かすための時間的余裕も生み出します。そういった意味でも、そろばんはこれからの時代でも非常に重要な役割を担っていくと考えています。
ありがとうございます。最後に、そろばんに興味を持たれた方に一言お願いします。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
これまでお話ししたように、そろばんに通い始めるのに遅すぎるということはありません。もし計算に困っている、もしくはさらに伸ばしたいという方は、是非お近くのそろばん教室の門を叩いてください。きっと力になってくれるはずです。
「そろばんに通い始めるのに遅すぎるということはない」というのは非常に心強い言葉ですね。また、そろばんの魅力を沢山伝えていただきありがとうございます。今回のインタビューは以上です。習い事で悩んでいる親御さんの一助になると思います。貴重なお話をありがとうございました。